“モノが少ない、幸せがある。だから、ぼくたちに、もうモノは必要ない”
印象的な言葉で始まる本書は、多くの人が共感し、ミニマリストを目指すきっかけとなったのではないでしょうか。
今回は、定番のミニマリスト本である「ぼくたちに、もうモノは必要ない」を3年ぶりに読んだ感想について書きたいと思います。
ぼくたちに、もうモノは必要ない -佐々木 典士 著
2015年6月30日初版発行。
ちょうど私が「断捨離してシンプルに生きよう」と決意した直後で、前回レビューした「必要十分生活 -少ないモノで気分爽快に生きるコツ-」を読んで、さらに身の回りをスッキリさせたいと思って手にしたのがこちらの本。
「必要十分生活」が具体的なシンプルライフの実践方法を学べたのに対して、こちらは「ミニマリストになった理由」「モノが少ないメリット」など、精神面にも深く入って書かれていて心を打たれました。
読んでいた当時は、「自分がミニマリストなんて…なれるのかな?」と思っていましたが、3年が経った今「自分はミニマリストである」と言えます。
具体的にいつからそうなったのか?ということについては、今後のブログ記事にて紹介したいと考えています。
それでは、「ぼくたちに、もうモノは必要ない」(以後「ぼくモノ」)を読んで、心に残った点をいくつか紹介したいと思います。
第1章 なぜ、ミニマリストが生まれたのか?
ミニマリストが生まれた理由は、まさに現代の時代背景から生まれるべくして生まれたと思っています。
私が生まれた1980年代は、もうバブルが崩壊していた頃。物心がついた時から、「不景気だ不景気だ」と聞かされながら育ってきました。
しかし、現在から相対的に見ると、当時もそこまで景気がどん底に落ち込んでいたわけではなく、「消費しようしよう」の精神は2010年代くらいまでは続いていたのではないかと思います。(経済学については全くの素人なので個人の感想です)
2008年のリーマンショック。この時私は職を失いました。日本中が「このままではヤバいんじゃないか?」と不安に駆られていたような記憶があります。
そして2011年の東日本大震災。自分が住んでいた地域は直接被害を受けることはなかったものの、「安心できる生き方」への答えが全く見つからず、不安を抱えたまま何年も過ごしたことを覚えています。
「ぼくモノ」を読んで、モノが少ないことが不安を減らして快適に生きるための答えであることに気がつきました。
文中では、ミニマリストが生まれた条件を以下にまとめています。
- 増えすぎた情報とモノ
- モノを持たないで済む、モノとサービスの発展
- 東日本大震災
現在は、情報もモノも溢れすぎて、自分で取捨選択をしないと追いつきません。人間の脳の仕組みというか身体の構造は5万年前から変わっていないのに、これだけの情報量を捌くことができるはずはありません。
また、スマートフォンの発明により、カメラや地図、ラジオ、カレンダー、懐中電灯などの物理的なモノをたくさん持たなくても、スマホ一つで解決できるようになっています。
そして、家にモノが少ないことで、災害の被害も最小限にすることができ、住む拠点を移すハードルを下げることもできます。(実際に私がブログを始めてから、拠点を四国→東京へ移せた時に実感しました)
著者の佐々木さんは、このように書かれています。
単なる思いつきや、ライフスタイルへの憧れでなく、もっと切実な理由でミニマリストは生まれざるを得なかった。そんな風にぼくは感じている。
第2章 なぜ、モノをこんなに増やしてしまったのか
こちらの章は、けっこう目から鱗な内容が多かったです。
欲しかったすべてのモノを持っていた
私も佐々木さんと同じで、ミニマリストになる前、欲しかった全てのモノは持っていた気がします。
たとえば車、趣味の楽器、高級な時計、そこそこのブランドで揃えた服など。
そして、それらを持っていながらも「もっと色々なモノが欲しい」「もっと遊びにお金を使いたい」とずっと思っていました。
仕事や住んでいる家についても、今「気に入らないな」と思っていたとしても、最初は何か「いいな」と思うところがあって仕事なり物件を選んだはず。
最初に「いいな」と思ったことはすでに叶っていると言えることになります。
「慣れ」という毒
上の項目で挙げた現象は、「慣れ」によって起こると書かれています。
買ったばかりの服を着るのは嬉しい。だけど、その服を5回、10回、50回目に着るときの気持ちは想像できない。
人間は、現在を元にした未来の感情しか予想できないからです。
嬉しい気持ちがずっと続けばいいのに、脳が「慣れ」を感じ、「飽き」が生まれてしまう…それによって願いが叶っていたにも関わらず不満になってしまう。
「最初にいいなと思っていたはずなのに不満が生まれてくる」のはこういった理由からかということに気づけました。
50倍の価格のAppleWatchの機能とは?
現在はあるのかわかりませんが、当時AppleWatchが出たばかりで、200万円くらいするモデルがあったような気がします(笑)
確かに、使われている素材などは違うだろうけど、AppleWatchとしての機能は同じだと思われます。
そして、100万円の軽自動車と比べて、10倍の価格のスポーツカーは10倍のスピードが出るわけでもなく、2倍のスピードを出すことすら法律で許されていません。(車の価値や機能はスピードだけではないが例えとして面白い)
こういった背景があるので、「モノにお金をつぎ込めば幸せになれる」というのは幻想に思えてきます。
未来の感情は予測できない
『「慣れ」という毒』で書かれていた内容を、さらに深く掘り下げています。
人間は、「現在」を元にしてしか「未来の感情」を予測できないので、「飽きる」ことに「飽きもせず」次々にモノに手を出してしまいます。
お腹が空いた時にスーバーで買い過ぎてしまったり、飲食店で注文し過ぎたりすることがこれに該当します。
さらに先ほども挙げたように、買ったばかりの服を「初めて着る気持ち」はわかっても、「10回目に着たときの気持ち」は想像できません。
モノを増やしても幸せを感じられないのは、この仕組みがあるからなんですね。
第3章 捨てる方法最終リスト55!
今までは、”ミニマリスト”が生まれた背景や、モノを増やしてしまう心の動きについてなど、精神面のお話でした。
3章からは、物理的にモノを減らすにはどうすればいいのか、具体的な方法が書かれています。
印象に残ったものをいくつか紹介します。
捨てることは「技術」である
これは私が不用品を大量に処分して、身軽になったことで実感しました。
「思い切りがつくかどうか」ではなく、自分に必要なモノを理解して、最小限にとどめるまでには様々なトライ&エラーが必要です。
今できなくても「いつかできるようになる」と思って実践することで、必ず身軽になれます。
脳のメモリも、エネルギーも時間も、有限である
人間の脳が記憶できること、考えられることには上限があります。
こちらでは、銀行口座を解約したときのことについて書かれています。複数の銀行口座がある場合、「引き落としはいつだっただろうか」「盗まれて悪用されないだろうか」「残高はあっただろうか」と、物理的には小さいキャッシュカードや通帳にも思わぬ脳のメモリを割いてしまいます。
私もこちらを読んで、不要なクレジットカードや銀行口座などは全て解約しました。
物理的なモノだけでなく、精神的に自分の脳のメモリを削るものは積極的に処分していきたいです。
1年使わなかったモノは捨てる
これは、他の断捨離本にもよく書かれている定番ルール。
1年使わなかった物がさらに1年後必要になることは少ないです。
私は、仕事の書類や私用のパソコンやスマホのデータなどもこの基準で処分するようにしています。
人の目線のためにあるモノは捨てる
多くのミニマリストの考えとして「人の目線を気にしない」ということが軸にあると思います。
人の目線のためだけに用意した物は不要と考え、切り捨てることがミニマリストとして大切です。
しかし私は、時計や革小物などのアイテムが大好きなため、それらはこだわって揃えています。
まず「収納」という巣を捨てる
私も以前から徹底しているのですが、「モノを収納するためのモノ」を購入することはしないようにしています。
多くの場合、物件に備え付けのクローゼットや棚で十分です。
奥さんによく「収納家具などが欲しい」と言われるのですが、そこはなんとか備え付けの収納に納めてもらうようにお願いしています(笑)
ちなみに今住んでいる物件は小さめのクローゼットが2つあって、私の持ち物は全てそのうち1つのクローゼットに収まります。
そのほか
こちらの章には魅力的な断捨離のルールがたくさん載っています。
中には、少し重複しているルールもあるので、全てを細かく実践する必要はなく、大枠をつかめればだいぶモノは減らせると思います。
当時はメルカリがなかったので、出張買取やネットオークションの利用を勧められていますが、現在だとメルカリがかなり有力な選択肢でしょうね。(イベントに参加した時、佐々木さんもメルカリを利用していると言われていました)
次は、ここからさらにモノを減らすためのルールが紹介されています。
私服を制服化する

「毎日同じ服を着て、ファッションを考えるのにかかる無駄な時間を減らし、他のクリエイティブなことに充てる」
ミニマリストの中では定番の「私服の制服化」という概念は、この本で初めて知りました。
徹底している人は、同じ種類、同じ色のシャツ、インナー、パンツ、靴を3セットずつほど揃えて完全に制服化しているようです。
私は結構ファッションで気分を変えたいほうなので、同じ種類の色違い、型違いなどで私服を揃えています。
大原則として、「コーディネートに悩む服を持たない」ようにしています。今クローゼットにある服を適当に取って出かけても組み合わせに困らないということを大前提に服を選んでいます。
「モノが少ない対決」をしない。持っている人を責めない
ミニマリストとして陥りがちな「まだそれ持ってるの?」「そんなに持ってたらダメでしょ」といったマウンティング。
こういったことを思うこと自体がナンセンス。せっかくのミニマリズムが台無しです。
あくまでも「自分は自分」の軸を持って、モノやミニマリズムに向き合うことが大切です。
ミニマリズムは「手段」であり、「序章」である
これは、私がとても大事にしていること。
モノを減らして、すっきりと暮らすことはあくまでも序章。その先に幸福がなければモノを減らす意味は薄いと思います。
実際に私もミニマリストになって、結婚したり、理想とする仕事に転職できたり、数々の資格を取得したり、再度東京での生活を始めることができたり「ミニマリズム」という手段で様々な良い結果を生むことができました。
ちなみに奥さんはミニマリストではないので、今は部屋に置くモノの物量や、日々の掃除をどこまでやるかなどの感覚の違いで色々とせめぎ合いがあります(悪い意味ではありませんw)
第4章 モノを捨て、ぼくが変わった12のこと
こちらでは、“ミニマリストになった後”のメリットが書かれています。
- 時間ができる
- 生活ができる
- 行動的になれる
- 節約だってできる。エコにもなる
- 感謝できる
これらのメリットは、不要なモノを捨ててわりとすぐに得られることができます。
私も断捨離を実践して、ミニマリズムに目覚めたことで、時間やお金の余裕といったところだけでなく、人付き合いや自分の行動の面も色々と変わったと思います。
これらのメリットは、本で読むよりも、是非ミニマリズムを実践して、体感していただければと思います。
第5章 幸せに「なる」のではなく「感じる」
日本では、まだまだ「幸せのお手本」とされているプランの種類は少ないように感じます。
しかし、人が何に「幸せ」を感じるかというのは実に様々です。
世の中で提案されている「幸せのプラン」に沿わない生き方だったとしても、自分で幸せと感じられる生き方があるのであればそれで十分だと私は思っています。
本文中にも書かれている通り、幸せは自己申告制。
「今幸せであるか」「感謝できているか」ということを自問自答して、行動していくことが大事なのではと思います。
まとめ

「ぼくモノ」に出会った当時、私はミニマリストでもなかったし、ブログを始めてもいませんでした。
なので、この本の詳細なレビュー記事を書くのはこれが初めてになります。本当はもっともっと深く掘り下げて書きたい内容もあったのですが、かなりの長文になりそうだったので次回別の視点から書評記事を書ければと思っています。
この本に出会った年は、本当に自分の中で色々なことがありました。しかし、3年経った今もブレない生き方ができているのは、本当に感謝したいことです。
言わば「自分の人生を変えた本」
自分の人生を変える本ってこれから先もそうそう出会うものではないと思います。
そして、今年の7月には、新刊「ぼくたちは、習慣でできている」の記念イベントで実際に佐々木さんにお会いすることができました。
佐々木さんも、「ぼくモノ」が世に出てから3年、色々な変化があったようです。詳細は以下の記事をどうぞ!
「ぼくモノ」については、節目ごとに今後も書評記事を書いていきたいと思います。長文でしたがご覧いただきありがとうございました。
それでは、よいシンプルライフをお送りください^^






























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